社長やめた男のリタイアブログ

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30代前半から人生を好転させるための起業よりも考え方変えた方が早い

こんにちは

僕もセミリタイアして1年が経とうとしてます。年末年始も2週間ほど地元に帰り普段会わない同級生やら後輩やら先輩やらと会ったりするんですが、やはり他人から見ると悠々自適という言葉が合ってしまうようです。そんな訳でないわけなんですが。

 

人それぞれ悩みがあるようで

どうにか30代になり自分の人生を変えたいと考えている人もちらほらいたりして相談などを受けたりもしました。

何故か30代を節目やらと考えている人は意外に多いですね。

勝手な印象で言うと、大学を理由に地元を出て、今の生活維持に困らないほど稼いでいて、更に自由な時間があり、残業を自分の意思で決める事ができる。というホワイト企業というものに勤めている大卒の方が変に悩んでいるような印象がありました。

考える時間がある人という感じでしょうか?

 

中卒やら高卒だとブルーカラーの仕事が多いせいか延々と過去の栄光の話をしたり、仕事の愚痴やらお小遣いの範囲内で楽しめる娯楽の話などをしてました。

僕はこういう話は全然嫌いとかなくその人の人生が回稀るので面白いな〜て話聞いてます。

どちらかと言うと今は昔好きだった意識の高い話の方が苦手でちょっと面倒いな〜なんて思ってしまいます。大体自己啓発本に書いてあるような事を言っている人ばかりなのでなんかなー?て思ってしまいます。

それ聞いたことある!みたいな。

 

話を戻しますと、相談を受けた友人は何やら起業をしたいらしくジャンルなどは決めてないが、儲かる事をしたいらしい。

この時点でお察しだと思うが、勿論僕は「止めておきなよ。」と言いました。

べつに今の生活に不満があるわけでもなく、幸福度が低いわけでもない、更には今の仕事が嫌すぎる訳でもないから、辞めておけという話です。何者かにならないと幸せにはなれないなんてまやかしだと思うからです。

起業したからといって幸福度が上がるなんてことはないと思いますし、サラリーマンとして生きていく能力が備わっているならなんの問題もなく、むしろ優秀ではないかな?なんて思います。

勘違いだなーと思う事は起業したら絶対に幸せになれるという謎の価値観や何故か今の時点で幸せなのにわざわざリスクやストレスを自ら取りに行くスタイル、きっと考える暇な時間やインターネットのどこかで拾ってきた「誰でも出来る!」などの言葉を妄信的に信じてやまないからではないかなー。なんて思います。

別に起業を否定している訳でもなく、何者かになろうと考えている人を軽蔑している訳でもなくて、ただ今幸せならそれでいいんじゃね?という話です。

少し前の自分なら起業?いいねー!やっちゃえ!てきな元も子もないようなコトとか言っちゃってたと思うんですが、今は自己実現やらなんやらとかよりも幸福度が高けりゃ仕事とか拘らんでもよくね?なんて思います。

他人の幸福を参考にしてこうすれば幸せになれるなんて事は全くないと思いますし、仕事と幸福度の距離は近いかもしれないがそれが合うか合わないかは人それぞれだと思います。

それでこそ地元で会った友人なんかは小遣い2万ちょいなんですが、地元の消防団に入って詰所で年末は毎晩地元の友人やら後輩やらとワイワイ酒飲んでたり、ソシャゲやったり、麻雀したり、花札したりしていてとても幸せそうでしたし、面倒臭いなんていいながらも地元での役目を果たしており、年越しなんかは神社やらでオッサンなんかからも絡まれてお神酒もらってたりして新年の挨拶やらとかしてザ地元民という感じで幸せそうでした。

 

僕なんかは地元のヤンキーの先輩やら繋がりやら面倒臭いなーなんて思っていて地元から離れてしまった身なんですが、この年齢ぐらいになると中学高校のカースト制のことなんか無かったような事になっており距離が近い先輩後輩関係なくちょうどいい距離感の人間関係が出来上がっていました。地元にしっかり根付いて残った人はなんだかんだ狭い価値観と言われても仕方ない生き方をしているのかもしれないがそれはそれで幸せそうで羨ましい限りです。

 

そもそも世の中のあれやこれやと情報をたくさん仕入れたところでブレてしまうことが沢山あるんではないでしょうか?

地元は田舎なので基本みんな新築で家を建てるんですが、これについて

「あーやっちゃったね。家なんて負債だよ。」

とかいう意見は出ないんですよ。

「よくやった!凄い!一家の大黒柱だな!」

とか賞賛の声は聞こえるんですが。

これについて都心やら地方都市なんかでは

「負債だからまずは資産を構築してから不労所得を得て…。」

という無駄な情報が入ってきたりしてブレたりするんですね。

いやいや違うよ。と思うんです。

別に得をしたいとか、仕事辞めて自由な時間が欲しいとか、そんな事よりも働いて家族を食わせて帰る家があり、出迎える家族がいて、安心して暮らせる場所があるという幸せを得ているだけで、負債だとかそういう情報はいらねーんだよ。という話なんですね。

狭い価値観でも幸福度が高けりゃなんか問題あるの?と思うんですね。

広い価値観やら情報やらを手に入れて頭デッカチになって行動できないよりはいいんじゃね?て。

 

余計な御世話なわけですよ。

知らないことを教えてあげているつもりかもしれないが、誰が人の人生を保証してくれるの?って話で。

幸せと情報は直結しないんでは?なんて思っちゃいます。

幸せもこれだけ多様化されてきているなら大体のことは余計な御世話になるんですよね。

起業したい友達も僕が言って辞めるなら、耳触りのいい言葉でちょっとブレちゃった程度でしょうし。

やりたいと思っているなら誰かの言葉程度では止まらないと思うんですね。